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2007年12月 アーカイブ

 

2007年12月19日

ひびきのDNA鑑定と愚直さについての考察

ひびきでは、美味しいだけでなく、安心で安全な商品をお届けするという目的を持って商いを行っていますが、独自に「彩の国黒豚」や「彩の国黒豚やきトン串」のDNA鑑定を抜き打ちで行っています。

彩の国黒豚と彩の国黒豚出荷証明書
彩の国黒豚と彩の国黒豚出荷証明書

このDNA鑑定。今では多くの分野で取り入れられ、ニュースでも聞かない日はないほど、ポピュラーになりました。

DNA鑑定
届けられた試験検査成績書

上にあるものがDNA鑑定の試験検査成績書です。東京都渋谷区にある食肉科学技術研究所に鑑定を依頼し、「彩の国黒豚」や「彩の国黒豚やきトン串」は、『バークシャー種と同じ遺伝子型パターンである』という結果が出ました。

DNA鑑定
DNA鑑定の結果はこの通り

試験検査成績書には、参考として、ランドレース種・大ヨークシャー種、バークシャー種、ハンプシャー種、デュロック種、梅山豚の遺伝子型パターンが載っています。それぞれが別の遺伝子型パターンを持っているからこそ、違いが生まれます。

以前このブログでご紹介しましたが、「彩の国黒豚」は、バークシャーの純粋種であるがゆえに黒豚を名乗ることができます。埼玉県深谷市では、養豚が盛んで、明治時代からバークシャーの純粋種が飼育されていました。黒豚は白豚に比べ、飼育期間が長くかかり、生産効率も悪いことから、昭和30年代以降、多くの農家が大型の白豚の飼育に切り替えたそうです。

しかし、肉の美味しさにこだわり、純粋種の黒豚を守り続けた農家がありました。埼玉の風土が育て上げた貴重な黒豚を守り続けるため、養豚農家が集まり「彩の国黒豚倶楽部」を設立し、飼育方法などの基準作りを行うとともに、本物の味を理解してくれる小売店や飲食店の開拓に取り組み、今があります。

さまざまな食品偽装問題が浮上する昨今、ひびきは「私たちは正直で楽しい商いを心がけます。」というモットーの通り、お客様に信頼される企業であり続けるために、このDNA鑑定をはじめ、彩の国黒豚や野菜の「心を載せたトレーサビリティー」に力を入れ、やきとり工場は専門家とともに衛生管理強化を図るなど、食の安心と安全を追求しています。その取り組みは愚直ともいえます。

平安時代に天台宗を開き、後に鎌倉新仏教などの祖師を多数輩出することになる比叡山延暦寺の礎を築いた伝教大師最澄(さいちょう)は、奈良仏教を捨て、突如比叡山に登って修行に入りました。その時に書かれた願文(がんもん)が残っています。その一節で彼は、自らを「愚が中の極愚(ぐがなかのごくぐ)」といい、愚かな者の中で最も愚かな者と、謙虚さと自己批判を交ぜた表現を残しています。また、浄土真宗の開祖である親鸞(しんらん)聖人も己を「愚禿(ぐとく)」と呼んだそうです。そして、今、平成の世を生きる人々の共感を呼び、静かなブームだという良寛(りょうかん)は、「大愚(たいぐ)」と称しました。

最澄が開いた比叡山延暦寺にある根本中堂
最澄が開いた比叡山延暦寺にて根本中堂を望む

これらの先人は、自らを「愚」とし、また「愚」となることを厭わず、己を踏み台として、多くの人々を救いたいという心を持っていたのでしょう。そうでなければ、幾多の困難を背に多くの人々を教え導くことはできなかったでしょう。生き急ぐ現代人は、愚直さを忘れているように思います。

日疋社長はウェブサイト上で以下のように宣言しています。

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士魂商才-人に良い物と書いて食べ物-

私たちの考える『ベンチャー事業』とは
正義ある本業の活動を通じて地域経済の交流/活性化、雇用の増大に寄与し、社会の安定した発展に助力できる活動を指します。決して、株価、マネーゲームなど一部の人間の私利私欲のために行うものではありません。

私たちの事業は、医療・食品専門機関との提携による惣菜の販売をもって地域への真のHMR(ホームミールリプレースメント)の達成を目標としております。このことにより核家族化で失われた家庭での医食同源、および団欒、コミュニケーションの復活を目指します。

また、高齢化社会に対応する地域の一次医療の最前線基地としての役割を果たします。 そのために私たちはお客様のとの会話を重視した対面販売を行います。

そのために私たちは医療・食品機関と提携し医療・栄養学に精通した人員を店頭で育成します。また、私たちはこの事業を広めるために多店舗化を緩やかに進めます。

その中で地域経済活性のため中高年の創業支援をおこない雇用増大に尽力いたします。

その中で地域の次世代を担う青年の共育に仕事の現場を通じて尽力いたします。

その中で機械化しないですむ仕事は手作業で行い高齢者・弱者の雇用増大に尽力いたします。

その中で食材・備品等の調達を県内の農家や事業所を優先し地域の経済活性に尽力します。

その中で県内異業種・機関と連携により新規の事業開発を模索し経済活性に尽力します。
事業経過を見てこれからの地元創業者への模範になる事に尽力いたします。

もしも、私たちがこの趣旨に反した行動を取るならば、私達の存在意義は無く事業は即刻解体いたします。

彩の国・傍楽(はたらく)創造企業株式会社ひびき

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DNA鑑定の話からはじまって、話は思わぬ方向に進んできていますが、ひびきの姿勢を語る上で特筆すべき内容だと思い、「事業理念」を全文を掲載させていただきました。

黒豚劇場川越入り口店
川越駅東口から程近い黒豚劇場川越入り口店

やきとりチェーンの展開からはじまり、今年2007年は日疋社長が代表を務める川越style倶楽部のコラボレーションから生まれた「黒豚劇場川越入り口店」を開店し、在ニューヨーク日本国総領事公邸において、民間団体としては初めてのイベント「小江戸川越と歌麿の世界inニューヨーク」を開催するなど大きな事業を成功させ、今後さらに他の分野にも進出しようとしているひびき。

愚直にやるべきことをやる、という姿勢はこれからもきっと変わらないことでしょう。

最後に商品開発本部製造部の久保晋介チーフから動画メッセージが届いていますので、ご覧下さい。


-7度(!)の保管室の中から久保チーフのメッセージをお届けします。

やきとり(焼き鳥・焼鳥)、彩の国黒豚は、(株)ひびきが運営する「やきとりひびき」、「やきトンぼたん」、「黒豚劇場」でお楽しみ下さい。インターネットでやきとり(焼き鳥・焼鳥)の通信販売も行っています。ぜひお買い求め下さい。

 

ひびきのやきとりは匠(たくみ)の技から

多くの皆様にご購入いただいているひびきのやきとりは、産地や取引業者さんから届いた、新鮮な肉や葱などの野菜を使い、清潔な工場の中で、1本1本人の手で串を打ち作られています。ひびきでは串打ちをする方々を「匠(たくみ)」と呼んでいます。

ひびきのやきとりをつくる匠
ひびきのやきとりをつくる匠

ひびきの基準を満たした十分なボリュームと美しい形状を兼ね備えた焼き鳥だけがお店に出荷されていきます。ある匠に伺うと、焼き上がりをイメージして刺すことがポイントだそうで、焼くと肉の身がしまるため、その点を考えていないと、形がよくなくなったり、焼いたときに火がうまくと通らなかったりするそうです。ですから、匠はお客様が食べてがっかりするような商品にならないよう、丁寧に刺すことはもちろん、実際に焼いてみるなどのテストも適宜行っています。匠同士は、情報交換が得意なので、教え合い、補いあうことで、匠のやきとりが刺せるようになっていくそうです。

必ず秤に載せて重さを確認します
必ず秤に載せて重さを確認します

匠の中でも周りからの信頼が厚い庄下さんに匠の技を見せていただくようお願いして、動画に収めましたので、ご覧下さい。ひびきの焼き鳥ラインナップの中では、ひときわ色鮮やかでプロヴァンス版焼き鳥ともいえる、『若鶏のグリル プロヴァンス風』を刺していただきました(ハーブが効いた『若鶏のグリル プロヴァンス風』はワインにピッタリ。赤でも白でも美味しくいただけます。シャンパンやスプマンテももちろん合います。ぜひお試し下さい。)。


庄下さんと鈴木シニアマネージャーの解説でお聞き下さい

庄下さん、簡単に刺していますね。でも、本当はこのようにバランスのよい串を刺すのは難しく、特に『若鶏のグリル プロヴァンス風』は、鶏肉、たまねぎ、パプリカと、三種類の素材を刺すので、気を抜くとバランスがバラバラになってしまいます。さすが、庄下さん!

私も庄下さんのご指導のもと、『特選かしら』を刺してみることになりました。この『特選かしら』は、「本場東松山名物やきトン」を標榜するひびきのやきとり最高峰の素材。こんな素晴しいカシラ肉をさせるなんて本当に光栄です!よろしくお願いします。

まず、素材の肉や長葱を切り揃えるところから始まります。カシラ肉には小さな骨があることがあるので、よく見て、触って、あった場合はしっかり取り除きます。そして、おおむね一定の大きさになるよう、包丁を入れていきます。形によっては、小さいところも残りますが、重量を調整するときに使用するので、もちろん取っておきます。また、長葱は一定の長さで切り、青い部分と白い部分に分けておきます。

自分で打った特選かしらをかかげるナビゲーター・菊池
自分で打った『特選かしら』をかかげるナビゲーター・菊池

肉や長葱を切り揃えたら、刺していきます。カシラ肉、青い葱、カシラ肉、白い葱、カシラ肉の順に刺していき、決められた重量ときれいな形になるようにします。必ず秤に載せて重さを確認。基準値内になるように調整して、1本の串が出来上がり。喜びもつかの間、素人は油断するとバラバラな形の串になってしまいます。何本かバランスが悪くなってしまったものがありましたが、決められた本数をクリアして無事終了!庄下さんに「初めてにしては良いわね」とお褒めの言葉をいただきました。この言葉でひと安心!ありがとうございました。

トレーサビリティ対応の専用シート
トレーサビリティ対応の専用シート

匠はこの刺しの工程を集中して続けていきます。黙々と串を打っていく姿は、匠と呼ぶにふさわしい緊張感に溢れ、こうしてやきとりが出来ていくことに感動を覚えました。そして、自分が打った串を指定のカゴに入れるときには、商品名と本数、日付、担当者、肉産地が書かれた紙を添え、トレーサビリティに対応できるようにしてから冷蔵庫に入れます。ここまで手間をかけ、気持ちを込めて、やきとりを刺しているとは正直思っていなかったので、大きな驚きとともに、お客様に良い商品を届けたいと取り組む匠の心意気に胸を打たれました。

たかが、やきとりと思うなかれ。1本1本人の手で串打ちされたやきとりは、きっと今までと違う味わいが実感出来るはずです。まだ匠の味を未体験の方はぜひお近くの「ひびき」や「ぼたん」などでお買い求め下さい。やきとりひびき通信販売サイトでもご購入いただけますので、ぜひ味わってみてはいかがでしょうか。

匠の皆さんで記念写真
匠の皆さんで記念写真 取材協力ありがとうございました

ところで、私が刺した『特選かしら』ですが、鈴木シニアマネージャーとセントラルキッチンにいた明石シェフが焼いてくれて、お土産に数本いただいてしまいました。帰りの途中、我慢が出来なくて車の中で『特選かしら』を口に入れると、肉の旨みがじわっと出てきて、「こんなやきトンはいままで食べたことがない!」というほどの味でした!自画自賛は好きではないのですが、今回だけはお許し下さい。

次回は、ついに埼玉県深谷市まで伺い、彩の国黒豚や彩の国黒豚倶楽部の方々に会ってきましたので、そのお話を掲載します。ぜひお楽しみに!


やきとり(焼き鳥・焼鳥)、彩の国黒豚は、(株)ひびきが運営する「やきとりひびき」、「やきトンぼたん」、「黒豚劇場」でお楽しみ下さい。インターネットでやきとり(焼き鳥・焼鳥)の通信販売も行っています。ぜひお買い求め下さい。

 

2007年12月31日

僕らは彩の国黒豚に会いに行く(前編)

関越自動車道・花園インターチェンジを降り、車の窓を開けると、たい肥の臭いが風に乗って車内に入ってきました。 何か懐かしいな・・・。

とうとう彩の国黒豚と対面できる日がやってきました。ひびきで今仕事を頑張っている19歳のインターン・ケント君と一緒に、彩の国黒豚の飼育現場を見せていただこうと、深谷市へやってきました。二人とも深谷市は初めて。早く彩の国黒豚に会いたいとワクワクしながら、彩甲斐街道を走ります!

まずはじめに、今回の取材のコーディネートをしてくださるJA全農さいたまの木村喜光さんに会いに、北部総合センター・畜産酪農部畜産酪農課を訪ねました。私はずっと木村さんにぜひ会いたいと思っていました。ひびきが経営する黒豚劇場の公式ブログ「ようこそ!黒豚劇場へ」に登場されていた木村さん。柔和な雰囲気で、取材担当の小出さんや彩の国黒豚の生産者である飯島さんと会話をされていたのが印象深かったからです。

JA全農さいたまの木村喜光さん
JA全農さいたまの木村喜光さん

「はじめまして。よろしくお願いします。でも、ブログを拝見していまして初めてではない感覚です」と木村さんにご挨拶をさせていただいてから、彩の国黒豚の説明を少ししていただきました。その間も携帯電話が鳴り、彩の国黒豚の注文依頼があったようです。その後、今日の訪問先である、彩の国黒豚倶楽部6農家の副会長を務められておられる橋本雄二さんの豚舎に伺うことになりました。さあ、彩の国黒豚との対面はもうすぐ!

JA全農さいたま北部総合センターから車を15分ぐらい走らせ、橋本さんの豚舎に到着。ここで木村さんから紙製のつなぎと靴用のカバーを渡されました。これは外部から彩の国黒豚に有害な菌などを持ち込ませないようにするための措置だそうです。彩の国黒豚に何かあっては大変ですから、早速着込みます。

彩の国黒豚にはじめて会いました!
彩の国黒豚にはじめて会いました!

「あそこまでいけますよ」と木村さんが指をさされたほうをみると、白い柵がありました。そこにいました!柵に近づいていくと、興味を示して、黒豚が奥の部屋からそろぞろと出てきます。木村さんのお話ですと、ここはストレスをためないための黒豚の運動場とういうことでした。目の前にいるのは雌の黒豚で、薄い黒い毛が皮膚を覆っています。その隣には、おっぱいの大きくなった黒豚がいました。木村さんと「この豚はなんでおっぱいが大きいのでしょう?」と話していると、そこへ橋本さんが駆けつけてくれました。ご挨拶をしてから、おっぱいの大きな黒豚のことを質問すると、「今日、子豚と離したばかりだから。子豚は子豚専用の豚舎へ移動するんです」ということでした。

おっぱいが大きくなっていたお母さん黒豚
おっぱいが大きくなっていたお母さん黒豚

私は、橋本さんに聞きたいことがずっとありました。それは日疋社長が以前ブログで触れていた「オガコ式」という飼育環境についてです。それを伺うと、「豚舎にオガクズを敷き、その上で豚を飼育する方法です。豚のふん尿がオガクズのバクテリアに分解され臭いを出さないで済みます。その上、オガクズはたい肥として畑にまいて肥料にすることができる。あそこにあるのがたい肥」。たい肥を見ると、醗酵が進み温度が上がっているため、寒い外気に触れて、湯気が上がっています。家畜のふん尿を利用することで可能になる循環型の農業。循環型農業については、翌日の笠原会長からも話が出てきますが、深谷市の周辺の農業のキーワードです。

彩の国黒豚倶楽部副会長・橋本雄二さん
彩の国黒豚倶楽部副会長・橋本雄二さん

200頭の豚を飼育する橋本さんは、現在「埼玉県食の安全県民会議委員」も務められています。食の安全・安心の確保に関し、県が行う施策へ県民の意見を反映させることや意見交換による関係者の相互理解の場として設置されています。消費者、農業生産者、食品加工・流通業者、学識経験者など、広範な分野の23名の委員で構成されています。以前は、日疋社長も委員を務めていましたが、食に深く関わるエキスパートが選ばれます。

左からケント君、木村さん、橋本さん。黒豚談義が続く
左からケント君、木村さん、橋本さん。黒豚談義が続く

終始にこやかにお話してくださった橋本さんですが、最近の油や飼料の高騰を嘆き、厳しい生産現場の一端も教えてくれました。コスト的にかなり厳しい経営を強いられているそうです。

また、橋本さんは、熊谷市内で「とんふみ」と「ファーマーズアーク」というレストランを経営されており、彩の国黒豚を使った料理が楽しめます。私も取材の前にJR高崎線・籠原駅前の「とんふみ」に一度伺ったのですが、注文させていただいた「上ロースのとんかつ」は、本当に素晴しいと思いました。肉質が極めて繊細で、脂の上質な旨みが彩の国黒豚ならでは。私はソースよりも、そのままと塩でいただきましたが、十分味わいが楽しめました。熊谷市内ではすでに有名なお店ですが、未体験の方はぜひ行ってみて下さい。

日がすでに傾きかけ、風がさらに冷たくなるまで(とても風の冷たい日でした)お付き合いいただいた橋本副会長、ありがとうございました!

こうして1日目の取材は終了。彩の国黒豚との対面が感動のうちの終わり、帰路深谷の道を木村さんの車の後に付いて走っていると、前方を見てびっくり!なんと、空に豚の形をした雲があるではありませんか!!ケント君に「ほらほら、あそこっ!」と指をさしている自分がいました。その雲の写真がこれです。

帰りに豚を横からみた形そっくりの雲を見つけました!
帰りに豚を横からみた形そっくりの雲を見つけました!

夕方の空に金色に輝く豚形の雲、「金豚雲(きんとんうん)」ですね(笑)。きっとバークシャーの神様が今日を祝してココロニクイ演出をしてくれたのでしょう!こういうことがあるから、現場はホントに楽しい。また明日も来るからね。

翌2日目は、彩の国黒豚倶楽部の会長を務められている笠原さんを訪ねます。笠原会長のお宅がこの地域で明治時代から黒豚を飼育している本家本元です。乞うご期待!


やきとり(焼き鳥・焼鳥)、彩の国黒豚は、(株)ひびきが運営する「やきとりひびき」、「やきトンぼたん」、「黒豚劇場」でお楽しみ下さい。インターネットでやきとり(焼き鳥・焼鳥)の通信販売も行っています。ぜひお買い求め下さい。

 

僕らは彩の国黒豚に会いに行く(後編)

彩の国黒豚の生産地取材2日目。

今日は、彩の国黒豚倶楽部の笠原常正会長のところに伺います。前日、初めて彩の国黒豚に会い、橋本副会長からもいろいろとお話を伺って、帰り際には「金豚雲(きんとんうん)」が見送ってくれるサプライズもあり、もはや私のパワースポットのようにすら感じている深谷市。明治時代から黒豚を飼育していたというのが笠原会長のお宅です。ここに書ききれないくらい黒豚にまつわる話が飛び出してきました。ぜひお付き合い下さい!

今日もインターンのケント君と共に川越を出発し、関越自動車道・花園インターチェンジをおり、まずはJAさいたまの木村さんのもとへ。午前中、県内を回っておられたという木村さん。私たちの取材に間に合うようにも戻ってきて下さいました。本当にありがとうございます。「昨日伺った橋本さんのところとは、また雰囲気が違いますから。じゃあ、行きましょう」ということで笠原会長のお宅へ出発。JAさいたま北部センターから車で5分ほどで到着です。

昔ながらの農家という風情のお宅。何か懐かしい。倉庫の前には、柿が吊るしてあります。私ごとで恐縮ですが、父方の祖父・祖母が住んでいた岩手の古い家に雰囲気がそっくり。玄関脇にあるお部屋ではじめて笠原会長と対面し、ご挨拶をさせていただきました。

お宅の裏手に豚舎があるというので、昨日も着た紙製のつなぎと靴カバーをまず着込もうという話になり、着始めたのですが、ここでハプニングが発生!私の着方が拙かったので、つなぎのファスナーが壊れてしまいました。・・・・・・。これでは豚舎に行けません。「近いから取りに行ってきますよ」と木村さんが北部センターまで取りに帰ってくれることになりました。木村さん、申し訳ありません・・・。

その間に、笠原会長からいろいろなお話を伺うことにしました。実に興味深い話の連続。やはり歴史が違います!

「戦争中は、満鉄のあたりに種豚を送っていました。兵隊さんの話では、今の内陸、モンゴルのほうに、日本国の看板を背負った黒豚がいたって。相当奥まで行っていたんだね。さすがにその豚は食べられなかったらしいけど・・・」もろろんです。日の丸を背負っている豚を食べたら、処罰されてしまいます。

昔、種豚はこのようなカゴに入れて輸出したそうです
昔、種豚ははこのようなカゴに入れて輸出したそうです

「うちのじいさん、先の戦争の時は人間と同じ食料を食べる豚を飼っていたので『国賊』と呼ばれたんです。ただでさえ食料がないんだから。でも、軍の配給は玄米をするので、それを白米にして、こぬかをうちによこせば、食料と肉を間に合わせると交渉したんだ。麦ぬかとかこぬかをバークシャーに食べさせたんだね。バークシャーは食べ物が悪くてもラード型といって脂を蓄積する能力が優れているので、戦争中も豚を減らさないで繁殖できたんだよ」なるほど。

「この辺では豚がいないうちは作物がとれなくなってしまったんだわ。家畜がいないと肥料もないから、畑がやせちゃって。家畜がいる家は、畑にまいた。そして、畑で採れたさつま(いも)を豚に食わせる。また畑にまく。そうやって繰り返していたんだわ。だから、豚に助けられたよ」循環型農業のお手本のような話です。

「昭和のはじめは世界的な不況があってね。銀行がつぶれたりしたんだけど、その時に140号線沿いや秩父鉄道が通っているほうが山だったんだけど開墾をしようという話になった。開墾した土地はやせているから、そこに豚に踏ませたものとかをまいて肥沃にしたんだ。」豚が土づくりに貢献したのですね。

「うちは蚕の種屋もやっていたけど、桑原に豚の排泄物をあげてたから、よく育ったよ。タダで蚕をしていたようなもんだね。豚の種屋もやってたの。うちの雄豚をつれて、雌を飼っているうちに種付けにいったよ。雌のところに連れていくんだよ。今みたいに軽トラはないからね、追っていったんだ。棒でピンピンってね。豚は言うことを聞くから・・・。」黒豚だけでなく、お蚕さんも飼っていたのですか。当然畑もやっておられた訳ですので、多角的です(次にもし取材が出来たらこのあたりも詳しく聞いてみたいです)。

彩の国黒豚倶楽部会長・笠原常正さん
彩の国黒豚倶楽部会長・笠原常正さん

「でも、一時期、三元豚などの人気がでて、黒豚が動かなくなった時期があったんだ。三元豚などは(産子数の増加や発育速度の上昇といった)生産性がよかったから。でも、人の話はきかなかった。(冗談ぽく)でも、よいしちゃえばよかったかな。そうすれば、こんな大騒ぎしなくでもよかったのに(笑)」会長に言わせると、この取材は大騒ぎなのだそうです。すみません、会長!

結構なオチ(!)が付いたところで、黒豚がいる豚舎へ連れていっていただきました。木村さんも戻ってこられて、今度は間違いなくつなぎを着ました。行く途中は木造の大きな倉庫のようなものがあるのですが、「これは昔の冷蔵庫」というお話を聞きながら、この倉庫のを回っていった先に、いかにも歴史を感じさせる古い豚舎が。いました、いました、彩の国黒豚。さっそくカメラを向けると、興味を示してくれてこちらを向いてくれました。ハイ、ポーズ!

笠原会長が飼育する元気な彩の国黒豚
笠原会長が飼育する元気な彩の国黒豚

今、60頭あまりを飼育している笠原さん。ずっとバークシャーにこだわり、生産性の高い豚には目もくれず、黒豚を大切に育ててきました。黒豚を見つめるそのまなざしは、本当に優しい。バークシャーを「バーク」と短縮して呼ぶその声もずっと寄り添って生きている人を呼ぶよう。きっその想いは「バーク」にも伝わっていることでしょう。

ここでひとつ笠原さんにお願いをしました。彩の国黒豚の飼育の特徴のひとつである専用飼料をいただけないかと。笠原さんは「それは別の豚舎にあるので、また今度用意していおくから」と言ってくださったので、あらためて別の日にお伺いすることになりました。日疋社長も以前食べたという、いも類(キャッサバ・さつまいも)・麦類を主体とした専用飼料を一度自分でも食べてみたいと思っていました。(後日、いただきにあがり、食べてみましたが、形はペレットという形で、いも類・麦類が中心なので食物繊維が多く、まるでシリアルのようでした。結構いけます!)

忘れてはいけないことがもうひとつ。それは日疋社長が見てきたほうがよいと言っていた「顕彰碑」です。笠原会長の祖父にあたる笠原五郎吉翁の功績を称え贈られたものです。笠原五郎吉翁はバークシャー種の種豚を飼育して有畜農業の必要性を訴え、種豚改良にも取り組み、また耕地整理開畑事業にも貢献されました。戦中も飼料不足の中、黒豚を守り抜き、戦後は大激減した黒豚の増産を図り、国内はもちろん諸外国にも輸出するなどの活躍をされました。この方がいたからこそ、今の彩の国黒豚があるのです。明治生まれの気骨の男・笠原五郎吉翁の写真を笠原さんからお借りできましたので、掲載させていただきます。この顕彰碑は今もひっそり佇んでいます。

顕彰碑と笠原五郎吉翁
顕彰碑と笠原五郎吉翁

帰り際に笠原会長からひとことメッセージをいただきました。動画をご覧下さい。バークシャーを「バーク」という言葉の響きが私はとても好きです。

ここで笠原さんと木村さんとは別れ、インターンのケント君と前日お伺いした橋本副会長が熊谷市内、JR高崎線・籠原駅北口で経営している「とんふみ」へ行きました。ひびきの黒豚やきトンはもちろん食べているということでしたが、現地の味もぜひ食べてもらいたいと思い、お連れしました。ケント君は「上ロースとんかつ」、私は「ガーリックソテー」をいただきましたが、ケント君もおいしく食べてくれたようでよかったです。

川越に戻り、ケント君とはひびき本社近くで別れてから、私にはもう一箇所行きたいところがありました。それは、「黒豚劇場川越入り口店」です。この2日間の締めは、やはり「黒豚劇場」だろうと思っていました。カウンターに座ると、「鏡山の純米新酒搾りたてが丁度出たばかりですが、いかがですか?」と廣井店長が勧めてくださったので、いくつかの黒豚料理とともに「純米新酒搾りたて」を注文。心地よいマリアージュを楽しみながら、この2日間に思いをめぐらせました。

ガツ炒め ひびきみそ添え(左)、黒豚の角煮(右)、ローストポーク(左奥)、鏡山純米新酒搾りたて(右奥)。黒豚劇場川越入り口店にて。
ガツ炒め ひびきみそ添え(左)、黒豚の角煮(右)、ローストポーク(左奥)、鏡山純米新酒搾りたて(右奥)。黒豚劇場川越入り口店にて。

この取材で一番強く感じたことは、私たちは「命を食べている」ということでした。生きているものの命をいただいて、人間は食べるのです。魚や野菜ももちろん生き物です。私たちは「命を食べている」からこそ、生きられるのです。昔の人はよく言ったものです。「食べ物は粗末にせず大切に残さず食べよう」と。「もったいない」という言葉が今年は脚光を浴びましたが、以前の日本では当たり前のことでした。「お天道様に申し訳ない」とも。近い将来起こるだろう世界的な食料危機への喚起が叫ばれ、また食料自給率が40%を切っているにも関わらず、捨てられる食料は有り余るほどあるという矛盾に満ちた「飽食の日本」を生きる私たち。伝統的で豊かな食文化を大切にしながら、一度足元を見つめ直す必要があるのではないか。そんなことを考えさせてくれた2日間でした。

「身土不二(しんどふじ)」という言葉があります。「元来人間は、住んでいる土地の身近なところで採れたものを食べ、その土地がもたらす環境の影響を受けて生活してきたものであり、”人と土地は一体である”」という考え方です。まさに深谷市周辺ではこの考え方を昔から実践していました。理にかなった方法で自分の道を歩む真摯な姿勢を笠原さん、橋本さんから感じ、背筋が伸びる思いがしました。きっとまたいつか彩の国黒豚に会いに行くことになるだろうと思いながら。笠原さん、橋本さん、木村さん、ケント君、そして日疋社長、このような機会を与えていただき、本当にありがとうございました。


やきとり(焼き鳥・焼鳥)、彩の国黒豚は、(株)ひびきが運営する「やきとりひびき」、「やきトンぼたん」、「黒豚劇場」でお楽しみ下さい。インターネットでやきとり(焼き鳥・焼鳥)の通信販売も行っています。ぜひお買い求め下さい。

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