YAKITORI Dictionary

鶏肉と人との関わり

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「鶏と人との関わり」は、太古の昔にまでさかのぼると言います。万葉集にも鶏は“鶏が鳴く東壮士の妻別れ悲しくありけむ年の緒長み”などと、たくさん詠われています。古事記には、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天の岩戸(あまのいわと)にお隠れになった時、常世の長鳴き鳥(とこよのながなきどり)を鳴かせて岩戸を開けさせたという“高天原伝説”(たかまがはらでんせつ)が残っています。なんともロマンティックな関係ではありませんか?
 ちなみに、岡山県川上村にある「岩戸」の近くには「鶏声」からくる「鳥越」という地名が今も残っているそうです。(川上村役場の皆さんに教えていただきました。)

坂本龍馬鶏と人との長い歴史の中では、数々の逸話も残されています。
幕末の志士・坂本龍馬のしゃも鍋好きは有名ですが、京都・近江屋でしゃも鍋を囲もうとした矢先に暗殺されてしまいます。当時、龍馬は風邪気味だったと伝えられています。しゃも鍋で温まり、体調を整えようとしていたのでしょうか? 今となっては聞くことができないのが残念です。


このしゃも鍋に利用されるしゃもは、高知県では今でも「闘鶏用」として飼われているそうです。しゃもは闘争本能が強く、相手をみるとすぐにけんかになり、それは雛でも安心できないということです。闘鶏で敗れたしゃもと野菜で鍋にすると、その引き締まった肉の旨味が元気をくれると言えそうですね。

宗教がらみで「肉禁止令」が出ていた戦国時代も鶏以外の鳥肉は食べられていたとする説が多くあります。やがて文明開化と共に、肉食の時代はやってきました。牛肉や豚肉が広がり、鶏肉はかなりの高級品としての座を占めていました。庶民の間に広がったのは「牛鍋」で、後に「すき焼き」と言われるようになります。鶏肉は高級食材として、なかなか庶民の口に入ることはなかったようですね。それが現在のように、手軽に食べられるようになったのには大きな理由がありました。

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